和歌山の個人クリニックで数十年ぶりの再会

私は今53歳ですが、15歳ころから心身症を患い、年をとるごとに神経症、精神疾患をも患いました。
まず15歳のころ頻脈、不安的パニック、異常な発汗を生じ、内面的症状から心臓のどこか悪いのだろうと医療機関を訪れようと思い、実家が和歌山だったので、和歌山市内の循環器科を選びました。そう、自分では心身症という自覚というよりは知識がなかったのです。現在のように心療内科は皆無に近く、診てもらった老医者にも自分の診察範囲外と思われたと思います。それでもより詳しい診察をしている循環器科を訪れるしかなかったのです。

はじめて神経内科と標榜するメンタルに特化したクリニックを訪れたのは19歳でした。対人恐怖でバスに乗れず、夜間の大学に通えず、通学してないことが親にバレてしまい、怒り心頭に怒られ、理由をうちあけると両親は理解をしめしてくれて、当時通っていた大学が神戸だったので、神戸の山手にある閑静で上品なクリニックに通院することを勧めました。

初診の日は緊張もしていて土曜日でしたから大変患者さんで混んでおり、上品でデリケートそうな美しい20前後の女性、オタクっぽく怒りの表現が内攻的な少年がいたことを覚えています。医師は女医の方も含めて2人にみていただきました。気持ちのもちかたを変えアルバイトもできるようになりましたが、それと平行しながらも神経科通院は続けました。

バイトの場所柄、通院神経科をビジネス街のビルのテナントのなかにある神経科に変えました。主にビジネスマンの不眠、鬱などの治療に特化していたと察します。このクリニックも綺麗で院外薬局で他の科目の患者さんとも顔をあわすのを最初は抵抗を持ちました。

診察内容で覚えているのが医師の「もう来年は就職しないといけないしね」という言葉でした。たぶん対人緊張だけだったのでしょう。それから大学のカウンセラーの紹介で行った神経科は神戸の綺麗な学生街にあるクリニックで当時としては珍しく「精神科」と標榜していたのでした。しかし、クリニックの待合室は豪華なインテリアルームでソファーその他もかなり高価なものでそろえられていて、文字通り神戸の華やかな街にあるクリニックをあらわしていて医師もベテランで紳士でありながら喋りやすい、くだけた先生なのでありました。看護師さんも、きれいな方が多かったように記憶しています。

その後、地元の和歌山市に戻って就職・結婚をした私ですが、今も薬は飲んでいます。先日、今通っている病院に看護師 求人 和歌山市をいうチラシが貼ってあり、そのせいなのか新しく入ってこられた看護師さんが、神戸でお世話になったことのあった看護師さんだったという物凄い偶然があり、びっくりしました。